目標っているの?

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野原にてショボーン

去年の新年のテーマは「アタラシクアレ」でした。
これは、実は必達目標だったので、アタラシイことを始めるという意味では、そのテーマは達成されました。
いや、達成されるはずだったので達成されました。?

それなりに意気込んでいたし、それを達成出来ない要素もいくつかありましたが、最終的にアタラシイ環境となり、
自らにとにかく、「今までにやったことないことを!」と言い聞かせてきたつもりだったので努力ももちろんしています。

このように、ほぼ必達である、7割型予定調和なことを、目標と設定していいものでしょうか?
まあ、自分では目標とは言っておらず、テーマやキーワードなどと言って、茶を濁しているのですが、そもそも目標ってなんでしょうか?

生き物としては「とにかく生きること」がDNA的な目標として設定されています。
しかし、生きること、とは死ぬことに向かって一直線なので、DNA的な最終目標は「とにかく死ぬこと」であります。
もっと言うと、生きることとは「死ぬ前に子孫を残すこと」であります。これが、DNA的な目標です。

しかし、人は違います。
この目標以外にもいろいろな目標をたてて、それに向かって計画をたてて、
それに向かってタスクをたてて…と。
複雑なのが好きです。

「でも目標がないと向かう先が見えない。みんなも動かないじゃないか。」
という声が聞こえてきます。

ホントにそうでしょうか?

目標とは?

1 そこに行き着くように、またそこから外れないように目印とするもの。「島を―にして東へ進む」
2 射撃・攻撃などの対象。まと。「砲撃の―になる」
3 行動を進めるにあたって、実現・達成をめざす水準。「―を達成する」「月産五千台を―とする」「―額」

とあります。
私は1と2の意味としてはありだと思います。わかりやすいからです。
しかし、3の意味としてはちょっと疑問です。

 

目標を立ててどうのこうのって考え方が形骸化している

行動を進めるにあたって、目標をたててどうのこうの、というは、もう古いんじゃないかと思いました。
なぜなら、目標を立てるということ自体が形骸化しているからです。
誰かに言われたから、とか、「新年の目標すらオマエにはないのか!」とか、責任を果たすために目標を設定するとか…。
目標がオカシイ。

たぶん、気づいたらできてた。とか、
毎試合バッターボックスに立っていて気づいたら4000本安打してました。
みたいなのが、いい感じなはずです。それは目標ではないです。

「それは一部の天才だけができることでしょう。凡夫には目標が必要なんです!」
という声が聞こえてきます。

つまり、目標設定には、「凡夫」という前提があっての話になります。
「凡夫には目標を与えよ。」とかどっかの指導者にでも言われたのではないでしょうか?

ひどいと言えばひどいですが、効率が良いといえばそうとも聴こえなくありません。
凡夫を動かすための目標であったはずの目標はいつのまにか、
自分で目標なんてひねり出さないとダメみたいな風潮になって、
今年度の目標を発表セヨ!みたいなコトになって、
今にいたるのではないでしょうか?

たぶん、目標とは与えられるものであって、与えられた目標は自分が凡夫だからであって、古代のピラミッドを作るところから何も変わっていない「目標」なのはないでしょうか?

目標の意味を問いただす時なのかもしれません。

個々人が最適なアウトプットをその都度その都度していけば、目標など設定する必要はないのでは?
うーっむ。だから私はキーワードとかテーマとかで茶を濁すんですよ。

多分、目標って誰にも言わないものだと思うんですよね。

 

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About Ryosuke Yamaguchi

いつも次を考えているmaltimanこと山口良介です。maltimanというHNでネットには昔からいます。ホントノ株式会社の代表をはじめ、野良IT、みどりの鳥、みどりーむネクスト、などいろいろやっています。

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