音楽にひもづく記憶

レコードは記憶

Memory remembered from music

ある音楽を聞くと、懐かしくその時の情景がありありと思い浮かぶ経験をしたことはないだろうか?
我々のような中年がカラオケに行くと、ユニコーンとかBOØWYとかを歌いまくってしまう感覚で、君ら(若者世代)も今流行っている歌がやがて懐かしい歌へと変わっていくだろう。

音楽が記憶のトリガーになることを私はしばしば経験している。

あのとき、あんな音楽を聴いて、励まされたな、とか、
あのとき、あんな音楽を聴いて、泣いていたな、とか、
あのとき、あんな音楽を聴いて、運転してたな、とか、
あのとき、あんな音楽を聴いて、あの場所にいたな、とかである。

人生においてインパクトのある時期に聴いていた音楽は、そのままそのインパクトと一緒に記憶されている(少なくともぼくはそうです)。みなさんにも初めてお金を出して買った音楽や、恋人との別れの時に聴いていた音楽や、お祝いされたときの歌とか。

ちなみにぼくが音楽的インパクトを一番最初に受けたのは「YMO」だった。
小学校の頃だった。この頃に聴く音楽は後々の自分の音楽性に重要な要素を与えるのかもしれないですな。

ぼくは、レコードからカセット、CDからデータへと音楽を記録する媒体をつどつど見てこられてうれしい。その時代においてそれぞれ様々な記憶と音楽が心に残っている。

いまの方々は、iTunesのアルバムのアイコンがなぜ正方形なのか?知る由もないだろう(まあ結果として正方形がデータ的に扱いやすいというのもあるだろう)。

レコードを知る世代としてはライナーノーツ(紙の)がなくなってしまったのがちょっと寂しい(CDでもあったけど、輸入版の台頭がCDショップブームに火をつけたと考えるとその世代にはそれほど印象的ではないかもしれない)。特に洋盤の邦盤は日本の解説とともに歌詞の邦訳もあって、非常にアーティストを知る重要なネタだった。

歌詞の邦訳は、すんげー参考になった。このアーティストはこんな詩を歌っているのか!と驚いたものだ。いまでも、ネットで検索すれば歌詞もでてくるし邦訳も出てくるが、能動的にどこまでみなさんがそうするだろう?かは疑問だ。

紙媒体として提供されれば手に取って見られる可能性は今より高いと思う。ここ近年の洋楽の衰退とJ-POPの隆盛はもしかしたらそんなことが関係しているのかもしれない。

ぼくに音楽的インパクトがもたらされた時代に聴いていたものは、よく「放送禁止」や「発売禁止」というのが話題になった。多くは「歌詞が過激である」という理由からだった。英語のそれでは何が過激なのかよく分からないので、邦訳がどうしても知りたかった(でも以外と邦訳もソフトになっていたりしてこれがなんで放送禁止なんだろう?ともも思った)。

そして歌詞というものは、自分の気持ちとシンクロしたり、自分の都合のいいように捉えられたりして、脳の中にその時の出来事とともに刻まれていく。

音楽が記憶のトリガーになり、その時の自分の気持ちを思い出し、浸ったり、初心に返ったりするのは悪くない。

昔の音楽を気軽に聴けるのがデータのいいところだ。だから、音楽を大量に持ち歩けるiPodは成功したのかもしれない。

皆様もたまに、むかーし聴いた音楽、特に人生の節目に聴いていたような音楽を聞き直して、懐かしむのもいと楽しい。かなと。

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About Ryosuke Yamaguchi

いつも次を考えているmaltimanこと山口良介です。maltimanというHNでネットには昔からいます。ホントノ株式会社の代表をはじめ、野良IT、みどりの鳥、みどりーむネクスト、などいろいろやっています。

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