人も羽化したいものだ

蝶のようになりたい

蝶羽化のイメージ

近所の飛ぶバッタを見てふと思った事があった。
バッタは着地点を目指してちゃんとジャンプしているのかと?
もしかして闇雲に飛んでいるのではないかと?答えはバッタのみぞ知る、のだが、ぼくの顔にめがけて飛んできたりしないところを見ると、ある程度着地点は読んでいるはず。


子ー等にこのことを話したら、バッタがジャンプするときはピンチの時だけなんじゃない?
とのこと。これはこれで一理あるが、なんもせんと飛んでいるところも見た事があるので、ピンチの時だけではないような気もする。

では、どんな気分の時に飛ぶのか?という新たな疑問が生まれてしまう。

その昆虫会話の流れで、アリさんの話になり、アリさんは体積が小さいので、地面なのか壁なのかを特に意識しないで移動しているらしい。小さいと空気の粘性も感じるので、普段の動きも結構抵抗があるので、ちょっと歩きづらいなぁ…くらいの感じで壁を上っているのだ。当のアリさんは、自分が垂直になっているなんて思っていないというわけ。まあ、小さな昆虫全般に言える事かもしれない。

さらにここからは、私見となり、昆虫(一部の)は変態をとげるのも魅力的だ。
有名なのはあおむし、さなぎ、チョウチョという劇的な変化をとげる蝶。
人はそこに魅せられる。しかし、なぜこのような変態を遂げるようになったのかは進化の過程で明らかになっていない。
効率を突き詰めると変態になるのかもしれない。

人もせめて「心」や「精神」は変態しないものか。
連続的に成長する人間はその節目が明確でないだけに、なにかこう惰性で成長してしまうような気がする。それゆえ劇的な環境の変化にも弱い。

見た目があんまり変わらないんだから(昆虫の変態と比べて)、精神や心が激変したらいいなあとか思ってしまう。憧れてしまうのだ。

いまの日本経済や政治を見ていると、羽化してほしい、とすら思ってしまう。
ある日突然羽が生えて(しまっているような足取りの軽快さ)、飛べるようになる(行動範囲が急激に広くなり自信と目的をもって動く)かのごとくだ。

高度経済成長は「あおむし」のようにむしゃむしゃとひたすら食べ続け大きくなっていった。
バブル崩壊以降から、今が蛹だと信じたい。

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About Ryosuke Yamaguchi

いつも次を考えているmaltimanこと山口良介です。maltimanというHNでネットには昔からいます。ホントノ株式会社の代表をはじめ、野良IT、みどりの鳥、みどりーむネクスト、などいろいろやっています。

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