ぼくとクリエイティブと東急ハンズ

ハンズのイメージ

1号店であり、なおかつぼくの地元である東急ハンズが閉店したのは記憶に新しい、と思っていたが、実際には2006年のことだったとは…。1976年オープンだったので30年の歴史の幕をとじたことになる。

思い返せば、ぼくにクリエイティブとは何かを少なからず教えてくれたのは、東急ハンズだったなーと。

東急ハンズには、わけのわからないアクリルのボックスだったり、板きれだったり、発砲スチロールの球などが売られていた。
それらは、そんなに高価ではなく、これを使って何か作りなさいと少年だったぼくに陳列棚から語りかけているようだった。

その最高傑作となったイレクターパイプで作った棚(実物)

そこで植え付けられた思考は、かなり長い間引き継がれる。
その最高傑作はイレクターパイプで作った棚だ。この棚は強度もばつぐんで、設計2時間、制作3日間を要し(まあ、接着剤を乾かす時間がほとんど)、なんと20年経った今も、うちにある。(役割は棚ではなく、子供の遊び道具、もしくは物干しにとって代わったが)
その時に材料選定、パイプのカットなどすべてを東急ハンズが担ってくれた。

当時ぼくが求めたハンズの役割は、今となってはホームセンターがやっている。
東急ハンズは相変わらずステイタスは高いが、どちらかというと、セレクトショップ的な付加価値を売るお店に変わってしまったかに見える(東急ハンズは現在ヒント・マーケットと謳っている)。

ハンズは、ものを作るには設計が重要だということをぼくに「まじで最初に」教えてくれた。
ハンズに陳列されたものは、時にアイディアをインスパイアしてくれて、闇雲に作ってもそこそこなんかアートっぽいものが出来たりした。
突き詰めると、最終的には思い描くものを作るために必要なものを調達するよう行き着く。世に出ているものはみなそれが当たり前だ。
だれかが設計してそこにある。
設計とはデザインである。

Do It Yourself.

の代名詞だった。

人に与えられたものでなく自分で作る。
「なにか時代はこんな感じで(ぼくとともに)切り開いていかれるんだなー」感がそこにはあった。
過去形にしたのは、ぼくらが感じたハンズ観がいまの人たちには、
それほどではないのでは?と思ったからだ。

わけのわからないアクリルのボックスだったり、板きれだったり、発砲スチロールの球を使って、何が作れるかを試すのは、なんとなく初頭の図画工作教育によいのではないかな?と思うの。
もちろん、「なになにを作ろう!牛乳パックで」的なものも良いですよ。
でも、いらない牛乳パックで何を作れるか?という思考が今、
最も求められているのでは?

とも思ったよ。

 

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About Ryosuke Yamaguchi

いつも次を考えているmaltimanこと山口良介です。maltimanというHNでネットには昔からいます。ホントノ株式会社の代表をはじめ、野良IT、みどりの鳥、みどりーむネクスト、などいろいろやっています。

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