考察:オヤジはなぜくさいのか?

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以下は、昔(2003年よりもっと前だが正確にはわからず)に書いたぼくの文章の引用である。

 

*はじめに
オヤジは臭い。この事は万人に認められていて、かつ、オヤジ達もそれを当たり前と自認している。

口に出すほどのことではなく一般常識としてとらえられている。 しかし、それがなぜかという科学的根拠を知っている人を私は聞いたことがない。 では、オヤジはなぜくさいのか?ということを自分なりに考えてみることにしよう。

*オヤジの要素
まず、オヤジとはなんぞや?という基本的なことから考えなくてはなるまい。
世間一般からオヤジとは年齢40~50歳代と思われる。60歳以上となるとおじいさん=ジジイというイメージに近くなかなか判断の難しい所だ。また、30歳代後半もオヤジに含まれることがしばしあるが、この場合は準オヤジ的なものが多く完全なオヤジにはまだまだといった感じだ。なお、今更ながらこの文中に出てくる「オヤジ」とは「親父」とは違うということを一応つけ加えておく。

オヤジの要素の一つとして精神的なものがある。つまり、年齢が40歳以下、極端に言って20歳代でも本格的オヤジに勝るとも劣らない心構えを持っている人たちである。考え方や言動がオヤジな人たちである。こういう人たちは一般にはオヤジではない。「オヤジ的」「オヤジック」などと呼ばれ、時にはそれを「アダルティー」としてウリにしている人たちさえいる。そしてこの人達は本題である、オヤジ独特のニオイを発していない。私の知っている範囲ではこの「オヤジック」な人たちであの異臭を放っている人は見たことがない。

もうひとつの要素は容姿である。姿カタチ・見た目がオヤジでも年齢などは若く、言うこともオヤジのそれでない場合だ。 これには二通りある。まず格好がオヤジ、つまりファッションがオヤジっぽい人である。これに関しては大概マイナスイメージにつながる。若い人がオヤジっぽい服装をしているということだが一緒にいる人から嫌がられたり、せっかく若いのに老けてみられたり、ましてオシャレとして着こなすには非常に高等技術を要され、上手くいった所でギャグ止まりというすき好んでは決してしないだろうと思われる行為だが、実際にはけっこう存在する。後ほど具体例をもって解説するがこのジャンルの人たちは自分で気づいていない場合が多い。もう一通りには顔、体型、髪型などの直接人体がオヤジ的な人たちである。ある意味で致命的だが、それは本当にオヤジになったときの変化が少ないなどのメリットもあり、一概にダメともいえない。またこういう人たちに限ってオヤジ適齢期に近づいてもあまりオヤジっぽく見えない場合が多い。

そして最後にオヤジかどうかの要素、「くさい」か「くさくない」かである。オヤジ固有のあのニオイがするかどうかである。これにも例外があり上記に述べたようなオヤジ要素が満たされていてもくさくないオヤジも実存するという、難しさである。ここで言える事は「オヤジがくさい」ということが絶対ではない!ということである。

おおまかなオヤジの定義を挙げてきたが、年齢はオヤジだが考え方がオヤジでないなどの例外もたくさんありオヤジの定義は難しい。一番信用性のある「年齢」でさえ、見た目の若さや言動などによって大分ごまかせるからだ。 しかしオヤジがくさいかくさくないかという次元を超えて、あのニオイはオヤジしか発せないという事実がある。10歳代の若者からあのニオイがしてきたという話を私は聞いたことがない。オヤジしか発せられないあのニオイ。だが発しないオヤジと発するオヤジがいる。そして大半のオヤジはくさい。
謎は奥深いようだ。

*オヤジの要素の具体例と「ニオイ」の関係
前章で述べたオヤジの要素をこの章ではひとつひとつ具体例をもって検証していってみよう。そして各要素が問題の「ニオイ」とどのように関係しているのか?解きあかしていって見よう!

1.年齢がオヤジ
この要素は非常に大切でもともと「オヤジ」とは「親父」になる年齢、「親父」と「せがれ」から言われる年齢ということに起因するのではないだろうか?しかし現代ではオヤジというのはもっと広い意味でとらえられ、使用されているが…..。 話がそれたが、やはり前述の通り40~50歳代であろう。 息子がパパからお父さん、オヤジと呼ぶ年齢に達するにはやはり40半ばは過ぎねばならないだろう。

25歳で結婚して27歳くらいで子どもが出来たとしよう、息子がお父さんをオヤジと呼ぶまでには個人差があっても大体早くて高校生、遅くて25歳くらいからだろうと思われる(もちろん一生息子から「オヤジ」と呼ばれない親父もいる)。となると早くて43歳、遅くて52歳で親父と呼ばれるようになる。この例は結構現実的であろう。今は結婚する年齢が高くなっているので50歳代がオヤジの中心といえるのではないだろうか。

ニオイを発し出す年齢もこれと一致しているのではないだろうか。会社でいうと課長・部長クラスの管理職も多い。体力的にも仕事などが厳しくなってくる年齢である。これくらいの年齢以外で、あの独特なニオイを発している人がいたら教えてほしい。おそらく探すのは容易でないだろう。つまり年齢とくささは非常に密接な関係であるはずだ。年齢は絶対的要素なので、「オヤジがくさいのはオヤジだから」という理論に達してしまう。確かにそうであろう。しかし実際にはこの年齢の範囲内でもくさくない「オヤジ」がいるということを説明出来ていない。オヤジのくささを決定づけているモノが他にもあるはずだ。

ここではオヤジがなぜくさいのかに対してまず年齢が40~50歳代である必要があるという明確な答えが出せました。
質問:60歳代、またはそれ以上の年齢でもくさい人がいますが?
回答:60歳代だと、やはりジジイの領域に近くなり本題の「オヤジのくささ」とは少し外れてきます。
質問:70歳でも、80歳でもムスコにとってオヤジはオヤジだと思います。ジジイにはならないのではないでしょうか?
回答:本文中でも述べてますがオヤジと親父は違います。ここではオヤジと呼ばれる年齢がなぜ50~60歳代なのかと言うことを説明するために用いた事が誤解を招いてしまったようです。

2.考え方がオヤジ
この要素は曖昧な部分がある反面、実に興味深い考察が出来ます。 まず、オヤジ的な考え方とはなんでしょう。具体例を見ていきましょう。

●「自分は偉い」
これは日常もっともよく見られ、自分は年をとっている分だけ偉いという勘違いもはなはだしい考え方で、若い人を愚かだととらえ軽視しがちになります。確かにいろいろな経験を積んではいるでしょうが、時の流れというのは確実で昔の経験が何の役にも立たない場合も多く、自分の若い頃を美化し勝手に創り上げていることが結果的に見栄をはったり、ウソをついたりすることにつながります。また、昔の常識が今では非常識になっていたり、その逆になっていることに気づかずいつまでも「けしからん!」「若いのにヤルじゃないか!」と言ったり、いずれも自分より若い人と接している時、家庭内(自分の妻や子供)などで表面化してきます。若い人が同僚などと接するときにこういった発言をすると、「オヤジっぽいな」「オヤジみたい」などと言われたりします。

●「愛はお金」
これはオヤジが女性と接するときの考え方によく見られます。風俗など金で快楽を買うオヤジに比べ、若い人はナンパをします。ナンパにもお金がかかる時がしばしありますが、若い人は快楽も含むそこへ至るプロセスも楽しみます。オヤジにプロセスは必要ありません。 また愛人をかこう、といった行為も「愛は金」の考え方に基づいています。まず稼いでないと出来ません。中学生や高校生が女性にジュエリーやマンションを買い与えるなど到底不可能です。仮にそれが出来るだけの財力があってもそんなことに金をつぎ込みたいと若い人は思わないでしょう。つまりオヤジ特有の考え方でありオヤジ的な考え方になります。あとオヤジが女子高生のようなピチピチギャルと性交渉したいと思ったら、ナンパする、本気で口説く、ましてや恋人として付き合おうなど99%ムリである。だが高校生の一つ上のセンパイが女子高生と性交渉するのは比較的簡単である。恋人として付き合えばいいのである。オヤジに残された道は金で買うしかないのである。

●「守りに入る」
年をとると夢や希望、野心などのハングリー精神がどうしても弱まってきがちです。安定した生活を求め、スリルや刺激を求めなくなり、若い頃のギラギラした瞳の輝きはいつのまにかにごりきってしまいます。今まで自分の築き上げてきた城に閉じこもり、新しいモノに対して拒否反応を起こすのも特徴です。「それは間違っている」と他人に言われても、間違っていない理由を過去の経験から探し出して正当化しようとします。こどもなら「これって違ってるんだ」と素直に思えますが、何十年間も信じてきたモノが「間違ってる」といわれても「そんなはずはない」と守り通してしまいます。中にはいい意味で頑固オヤジなどととらえられる事もありますが、大半はオヤジのたわごととして仕方なく意見を通したりします。アイディアが単なる過去の引用になりがちです。「最近の若い者の目は死んでいる、オレ達の若いころはもっと精力的だった」などと言うくせに自分は悟りきって落ちつきまくって、自分が言うような過去の栄光は今の姿から想像も出来ないくらい守りに入ってる場合が多いです。
以上、オヤジの考え方の代表的なものを3つ挙げました。この他にも細かいものがたくさんあると思いますが大別するとこの三つのいずれかに当てはまるケースが多いでしょう。ここで重要なのは三つのうち最初の二つの考え方はオヤジでなくとも持っている人がいると思います。いや持っていてもその人なりの消化できる考え方だと思います。10代の若者がイメクラに通いまくってもオヤジっぽいとは言われません。また、愛より金という女性がいたって、これもオヤジっぽいとは言われないでしょう。つまりオヤジ特有の考え方ではないということです。しかし三番目はある意味でオヤジ特有の考え方であろう。若ければ挫折してもやり直しがきくが、現実的にみてオヤジはやり直しがきかない。若い人がアルバイトを転々として生計をたてるフリーターなどオヤジにとってはなかなか出来ないことである。しかし全体的に見てもあまりいい考え方でないことは間違いないようだ。そこでだ!夢も希望もなくし、金でなんでも解決しようとし、それでいて若いつもりでえばるというオヤジの腐った心が異臭を放っているとしたらどうだろう?そもそもニオイというのは人間の五感のなかでもっとも謎の部分で、ニオイの正体、臭う仕組みなどほとんど分かっていない。 腐った心や魂がニオイを発してもおかしくはないかもしれない。少し話がソレたがこんな考察もおもしろいかもしれない。くさくないオヤジは心が健全である証かもしれないのだ。すこし現実離れしているかもしれないが、あり得ないともいえないのではないだろうか。

質問:少年でも心が腐っていればくさいのではないでしょうか
回答:よく考えれば少年(年齢が若い)で心が腐っているというのはほとんどあり得ないでしょう。考え方がオヤジ的なだけでは心が腐っているとはいえないのです。あと腐るには時間が必要です。もし心が死んでしまってその死臭がオヤジのくささだとしたらわかりやすいと思います。きんぱっつぁんも腐ったリンゴじゃないっていってるし。
この章ではくさくないオヤジがいることの理由として心が腐っていないという考察をしてみたが、説得力にかける結果となった。さらに考察を進めてみよう。

つづく。のかよ。

 

以上である。いろいろとデータ整理してたら出て来たのと、
おやじになった今、あえて再エントリーとしよう。

参考URL https://www.maltiman.com/maltiman2003/
※このサイトはフレームを使っています。

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About Ryosuke Yamaguchi

いつも次を考えているmaltimanこと山口良介です。maltimanというHNでネットには昔からいます。ホントノ株式会社の代表をはじめ、野良IT、みどりの鳥、みどりーむネクスト、などいろいろやっています。

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