スカプアンズエッセイ03〜オモヒデ

リリック 今現在の知識(頭脳)と経済力を持ったまま、高校時代(青春時代)にもどりたい。などとみなさんは考えた事はありませんか?。さぞかし楽しいだろうとこのタイムトラベルを想像するでしょうが、答えはNOです。全く面白くもなんともないでしょう。それどころか、周りの人と馴染めず、ああ、大人の世界に戻りたいなどと言い出す始末。青春時代は17才のころにできる経験であって、リアルタイムな時間が大事なのだ。その時が楽しいわけでも何でもなく、後になって楽しかったなあと思うものだからである。もしこの理論が全く逆な人は全く逆なだけであって、それを論じることは全く意味がないでしょう。楽しい時も辛い時も「想い出」として脳の皺にきざまれているだけなのです。思い出す事と未来を想像する事は実は同じようなことなのではないのでしょうか?

※スカプアンズエッセイとは、maltiman.com(このブログの以前のウェブサイト)でずっと公開されていた、maltima社のCEOであるプインタン・スカプアン氏(架空の会社、人物です)による、エッセイということで(今思えば社長ブログ)掲載されていたものです。実際に書かれたのは1999〜2000年くらいです。


私は自分では「子供の心」を持つ「大人」だと思います。それは悪い意味でです。此の歳になっても万引きはするわ、チャリンコは盗むわ、道に画鋲はまき散らすわ(全部おばはん調で)、線路の上に石は置くわで大変である。そんな時は今だに母に叱られるのだ。
私が12才の頃。丁度そのころは自分で何でもしたくなる年頃なのだ。私は母から買い与えられた、アロハシャツ2枚(同じ柄の色違いのところを見ると、2 枚セットで激安品か1枚だと1000円だが、2枚だと1500円になるワゴン山積み商品なことはを間違いないだろう)を見るなり、「こんなダセエの着れネェよお!」とその商品を力一杯母親に投げつけたりしたものだ。いわゆる反抗期だ。しかし、そのアロハシャツは何十年という時をタンスの奥底で過ごし、今私の夏の定番アイテムとしてイケている。これは親子愛感動話でも、流行サイクル話でもなんでもない。この話で一番の問題点は…..そう、12才のころに買い与えられたシャツが今なお「私が着れる」という点である。そう私は12才の頃から身長が188cmあったのだ。私は12才の頃から体格が変わっていないのだ。しかも何十年にもわたって保管されていたということはいつか着るだろうという意志が根底にあったからに違いない。ここで間違いやすいのはそのシャツが丈夫だったというオチは間違っていると言う事だ。

以下現在の作者より
スカプアンズ氏は自分のエッセイで自分の犯罪を披露するといったラジカルな人物として描かれている。アロハシャツのエピソードは脚色されていはいるものの自身の体験によるものである。そのシャツは今なおタンスにある。

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About Ryosuke Yamaguchi

いつも次を考えているmaltimanこと山口良介です。maltimanというHNでネットには昔からいます。ホントノ株式会社の代表をはじめ、野良IT、みどりの鳥、みどりーむネクスト、などいろいろやっています。

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