現代の経済・都市化が多様性を遠のけている

横浜の都市

都市化がもたらす問題を数える程度ですがエントリーしています。均一化されたフラットな構造。どこへ行っても同じ風景。都市化は一見経済を豊かにするように見えますが、人間の心と生物にはあまり良い効果をもたらしているとは思えません。

人間はしばし、自分たちが生物の頂点であると勘違いしています

もちろん、生物として地球を制圧しているのは人間でしょう。
しかし、それは累々たる犠牲の上に築かれた、まさに砂上の楼閣であることは皆さんも勘付いているはずです。

単一性は脆弱性を生み出す

それはちょっとした荒天、風邪などのウィルスの流行から始まり、災害時のたびに取り沙汰される都市部の脆弱性で分かるでしょう。もちろん色々対策はしていますが、非常に都市は脆弱です。

日本は地震が多いので、災害に対する意識は高いと思います。災害に強い街づくりと言っていますが、せっせと作った都市を守るために、つぎはぎを繰り返し、当の自分たちの足元はどんどんぬかるんでいくという状態です。
その一つの要因に、都市化が単一性を生み出し、多様性を失わせているのでは?ということに注目し、なんとなくエントリーすることにしました。

都市化は、整備されるがゆえ人工物で溢れます。最近は植樹や屋上緑化、壁面緑化などが声高に叫ばれていますが、費用対効果を考えるとどうしても、足踏みしてしまうのが不動産オーナーの気持ちでしょう。

ただ、植樹、緑化はいずれも人の手で作られた自然で、虫がつきにくい、人間に嫌われにくい植物が植えられがちです。街路樹が単一の種類の樹木になってしまうのも、見た目の美しさやメンテナンスのしやすさで選ばれてしまいます。
自然の木々は想像以上に多様です。低い木から、大きな木、時には毒となる葉をもつ木、小さな草花、さらに下に苔など。人間に都合よく作られた自然がいかにチャチなものかを、最近野鳥観察巡りをしていて目につくようになったのです。

こういった気づきからも都市は遠ざけてしまいます。
人間は進化の過程で文化を創り、技術革新を経て都市を形成してきました。
それ自体は否定しません。高度なテクノロジーを都市が生み出し、また都市がクリエイティブな文化を生み出してきました。人々がその恩恵に預かっているのも事実です。そして私自身、それに甘えているのも分かっています。

ただ、本当に綺麗な木々とは?本当に美しい自然というものは何か?ということを都市は忘れさせてしまう、というのが問題なのです。

ランダムさが必要

雑草が生い茂る場所をもっと多くするべきです。小さな緑地をできるだけ確保するべきです。同じ種類、同じ大きさの樹木を避けて、いろいろな木を植樹すべきです。都市部にもっと他の生物を呼び寄せるべきです。

人は遺伝子レベルで自然に親和性を呼び起こす感覚が備わっています。なので、自然を見るとリラックスしたり優しい気持ちになります。これは科学的に証明されています。つまり殺伐とした都市空間に自然が入ってくることは必然なのです。

いろいろな生き物と接触しながら生きることによって、自分たちがなぜこうやって君臨できているのか?をもっと身近に感じるべきです。他の生物を虐げることによって人間は堂々とはびこっていられるのです。

それが分かれば小さな生き物を殺すときに躊躇するようになるでしょう。小さな生き物と共に生きている(現状だと小さな生き物たちを踏み潰して自分たちは生きている)ということをもっと事実として体感すべきです。

それには、もっと身近に多種多様な生き物がいるべきなのです。多種多様な生き物を身近にするということは、様々な環境を周りに残しておく、もしくは新たに作り出す努力をすべきということです。

例えば、工事やメンテナンスをするとき、ランダムに、不定形にする努力をします。一様に同じ素材、同じ構造で作ることは効率的で経済的なので、どうしても「同じ」になってしまいます。生物として、自然として「同じ」状態は致命傷です。あえて同じにしない努力が多様性を生み出します。これは箱物行政が率先して取り組みべきでしょう。

「同じにしない」という考えをデフォルトに

これは、全てに言えることですが、多様性を受け入れるリミッターもどんどん低くなってきていると感じます。これは教育しかり、社会しかり、現代の経済、都市をぐるぐる回すために生まれた概念です。

例えば、道を舗装するとき。ちょっと曲がっていたり、凸凹だったり、一部土がむき出しだったり(それを歩きにくいの一言で片付けない)。一様に同じ石を敷き詰めるのを止めるというか、それを良しとする。デザイナーはそれでも、美しいと感じるべく配慮する。そしてそれを許可する。それをもっとデフォルトに据えましょう。

同じものを大量に作れば安く済む。というボトム依存型経済※を見直す必要があります。ボトムに慣れると、ボトムから上に行かないのです。上がろうとする努力もどんどん怠ってしまいます。もちろん、今の経済はこのボトム依存型経済に依存してしまっています。なので大資本ばかりが優位にたち、小さくて効率的でない、有機的な発想は淘汰されていきます。

皮肉なことに高度経済成長が、みんなでボトムを押し上げるはずだったのに、ボトムを掘り下げてしまったのです。そしてその「ボトム」が平均値になってしまったのです。もっともマズイのは、本来ボトムを危惧すべき優秀な人たちもそのボトムに慣れてしまって、もはや何がボトムなのか分からなくなってしまっているということです。

身の周りを見れば分かるでしょう? 安価なプラスチック製品がどれだけ溢れているでしょう? 安価なツギハギの肉を使った食べ物がどれだけ溢れているでしょう? 便利になったように見えて、同じ素材、使い回し、同じような食べ物、同じようなサービス、同じような家、同じような都市。
このような環境に置かれた生物が、本来の自然の持つ多様性を感じるのは難しいでしょう。

これからの日本を豊かにするのは、ランダマイズです。

いろいろなモノ、いろいろな環境、いろいろな生物、いろいろな食べ物、様々な生活を手にするべく、経済の方向を変えるべきです。
かき回して欲しいのです、もっと。

とかなんとか考えたGWでした。

※ボトム依存型経済とは、私が適当に思いついた造語です。良いものをより安くを突き詰めた結果、安くて当然が基準となり、いいものを見る目がなくなってしまい、全ての基準が底辺に集まってしまいます。みんなが求める良いものを安く作っているという「善」がいつの間にか、環境負荷を高め、心の豊かさを奪う、まさに現在の日本が抱えている根本的な問題の一要因となっていると考えています。

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About Ryosuke Yamaguchi

いつも次を考えているmaltimanこと山口良介です。maltimanというHNでネットには昔からいます。ホントノ株式会社の代表をはじめ、野良IT、みどりの鳥、みどりーむネクスト、などいろいろやっています。

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