それやって何の意味あるの?って意味なんてねえよっ!ってはなし

車を洗うことに意味はない。
なぜなら雨が降り続けるかもしれないから。

この考え方は間違っているだろうか?

「計画通りに行かないのが基本」と考える

効率を優先するあまり、意義やらKPIやらゴールばかりに目がいってしまい、
それを達成するために、さして意味のないことは極力やらない!という風潮に少し違和感を感じる。

何かプロジェクトを始めようと思った時、色々と計画を練るだろう。
どうやれば最大の効果を、最大の効率で得られるか?

と。

でも、実はほとんどのプロジェクトは想定外の出来事に出会い、頓挫する。
最初から計画通りに行かないという前提(心意気)で、プロジェクトを妨げるコトに対してどれだけ耐えられるかがプロジェクト成功のキーなのに。

ということをもっと声高に教えた方がいいと思う。

計画を慎重に立てすぎ

計画はもちろん必要で、準備も大事だ。
行き当たりばったりを推奨しているわけではない。

計画には回り道や、迂回ルートをたくさん想定しておいて欲しい。
そうしないとプロジェクトはシュリンクすると思う。
プロジェクトを飛躍させるためのアイディアを出そうと努力しなくなる。

なのに、計画を完璧に作り上げることが良い、とする風潮が強いと感じる。
結果、計画を立てるにのものすごく労力を使ってしまう。

計画を立てることを優先するあまり、いざ、プロジェクトを実行するときには疲弊しきっているのである。
大事な何かを成功させるための計画が、大事な何かを忘れさせてしまうという皮肉に陥る。

計画自体に重大な意味はない。

計画を実行するプロセスの方がよほど重要である

計画のツメが甘かったとか、こうしておけば良かったとかはほとんど意味がない。
計画を柔軟に変更することに意味がある。

そしてその途端に今までのプロセスの意味がなくなったりしても、それは良しとする。
いや、最初からそのプロセスに大した意味がなかったということが、今わかっただけなのだ。

それに気づかずに最後に、あちゃーとなるくらいなら、今気づいて良かったくらいの気持ちでいよう。

冒頭の話に戻すと、車を洗いたくても、この後雨が降るか心配で洗えない。
ということに意味はあるだろうか?

車が汚れているという現実がある。
車を洗わないと車が動かなくなるリスクはかなり低い。
明日から雨になる可能性が高い。

ではなぜ洗うのか?

「キレイにしたいから」である。

理由はない。

でもこれが、プロジェクトを成功に導く、大事な「何か」だと思う。
この衝動が大事なのだ。

「こうなってしまうかもしれない。」
「あーなったら目も当てられない。」
「そうなったら最悪になってしまうかもしれない。」

でも、それを超えて、「やりたいんだよ、これが!」
みたいな気持ちをもっと、応援できるような雰囲気が欲しい。

やらないと居ても立っても居られない何かが必要なのだ。

そして、車を洗った直後に雨が降ったからと言って、
「それ見たことか!」とか、「明日にすれば良かったのに…」とか言わないで欲しい。
そういう行為を応援して欲しい。

車の汚れは一度は落ちたじゃないか

何が言いたいかというと、一見意味がないこと、効率が悪そうなことをやる人が、
このなんでも効率慎重主義の現代には必要なんだなと思った次第です。

自分を励ます意味も込めて。

About Ryosuke Yamaguchi

いつも次を考えているmaltimanこと山口良介です。maltimanというHNでネットには昔からいます。ホントノ株式会社の代表をはじめ、野良IT、みどりの鳥、みどりーむネクスト、などいろいろやっています。

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