教育の機会(学歴編)学ぶことを学ぶ機会が最も重要だと思う

教育の機会のイメージ

教育において本当に重要なことは、その機会を与える事だと思う。

これだけ、いい大学を出ても就職先がないという状況は、不況の影響が大きいと言ってしまえばそれまで。企業は即戦力を求めるのと同時に、海外進出(グローバル企業は、と言いたいところだが最近は中小企業すら海外進出を促進させている)を強め、国外に労働力を求めるのは合理的である。

日本のあまり特殊でない求職はマシナリー化と海外からの労働者で埋め尽くされる。なので特殊でない求職はなくなる。そうなると教育は特殊な能力か、スーパーエキスパートを育てるように大きく方向転換する必要がある。

教育は企業が求められるものを意識しすぎてしまう。本来、独立している必要がある教育だが、学生の減少、大学の経営優先、本末転倒な企業の学歴偏重といった要素が絡み合い、教育格差をはじめさまざまな問題を引き起こしている。

実際にはブランド大学を出た学生は将来的にも恵まれているコトが多いのは歴然とした事実だ。

企業側は大学で勉強していないのを見越して、ブランド大学へ入る為の受験競争に打ち勝った能力を評価する。またさらに大学をのらりくらりと4年で卒業する「効率的に物事をすすめる能力」も評価する。

しかし、少子化による教育競争はもはや望めない。

大学の定員は決まっている(厳密に言うと経営を保つ為の定員である)のに、入る生徒は競争しなくても入れるようになる。競争を激化させるにはハードルをあげる、ということも出来るが、それは結果として受かる学生が少なくなり大学の経営に影響する。

とにかく「定員を少なくする」という事は大学経営の規模縮小に直結するがゆえ、既得利権者はそれが出来ないのだ。

教育の機会のイメージ2

小学校受験がなくならないのは、学歴偏重社会が招いた弊害であると同時に、親も一回レールを踏み外すと軌道修正が大変だというのを知っているからだ。そもそも私立の小学校に入るにはお金がかかる。この時点で格差を招く。受験は親の学歴と頭の良さ(なんというか普通の能力以上)と経済力で判断され、子供の先天的な能力は全く考慮されない。

教育は重要だが、その影響と性格は最終的に「本人の出来映え」に大きく左右される。
そう考えると、いまの教育制度がいかにバカらしいかが見えてくる。本人のデキがほぼ全てなのだから、学歴どうのこうのは、基本関係ない。
それよりも本人の勉強や仕事に対するモチベーションをアップさせる方が今や最重要課題だからだ。

ただ、すべての人に言える事は、「教育はないよりあった方がいい」ということだ。
ぼくは高卒なので言うが、勉強をする時間、機会を与えられる事がどんなに素晴らしいかは、勉強をヤル気にならないとわからないのだ。 勉強をスル気があれば、学歴は関係ない。

あたまの出来、不出来、性格の善し悪しに関係なく、教育を受ける、もしくは「学ぶ」ということを学ぶコトが今後の社会で最も重要だと思う。そうなると社会にいかに教育をうける機会をたくさんもうけるか?ということが結果として国益につながるということになる。

でしょうねー?

今後求められる教育は破天荒を育て上げるコト。

いままでにない時代になっていく。今までの常識が通用しない時代になっていく。
少子化は少ない投資で優秀な人材を育てるチャンスでもあるのだ。
大学規模の維持を今後は取り崩していくしかない。または、高齢者が再度勉強をする場所として規模を維持するようになっていくかもしれない。もうそういった取り組みをしているところも多数ある。

大学に限らず、すべての教育で、学ぶ事を学び、それらの機会は極力平等であるべき。なのだな。

子ーらよ、学ぶことを學べ。あとは自分の好きなようにやるがよい。

と言えるくらい、その中にチャンス(機会)が転がっているとよい。な。

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About Ryosuke Yamaguchi

いつも次を考えているmaltimanこと山口良介です。maltimanというHNでネットには昔からいます。ホントノ株式会社の代表をはじめ、野良IT、みどりの鳥、みどりーむネクスト、などいろいろやっています。

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